2017年6月20日火曜日

名古屋城の石垣は鶴屋城の石工技術で

先日の「ブラタモリ」で名古屋を訪れた際に紹介された「名古屋城」の石垣。
普請に従事した藩を調べてみました。

肥後の加藤清正を筆頭に、豊臣側に付いた諸藩が担当させられたのですが、 なんとその四番手に毛利高政が藩主だった、我が豊後佐伯藩の名が出てくるのです。

そういえば、江戸城の石垣の普請にも加わったことが、文部科学省近くの地下鉄虎ノ門駅出入口工事の際に発掘され、今でもその石垣を見ることができます。

九州の各藩は、高い技術を持っていたのでしょう。





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